大判例

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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6921号 判決 1964年4月21日

原告 藤井英治

原告 田所正司

原告 亀田武明

右原告ら訴訟代理人弁護士 石井錦樹

被告 株式会社武蔵野銀行

右代表者代表取締役 熊田克郎

同 村岡末吉

同 安田宗次

右訴訟代理人弁護士 田村五男

主文

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、申立

一、原告ら

(一)  被告は、原告藤井に対し金一五万円、原告田所に対し金一六七万三、二〇〇円、原告亀田に対し、金三五万円およびそれぞれ右各金員に対する昭和三七年九月七日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨の判決。

第二、主張

一、請求原因

1  (一) 原告藤井は、昭和三七年三月二〇日光藤輝雄より別紙目録記載1の約束手形一通の割引を、原告田所は、同月七日右光藤より右目録記載2ないし5の約束手形四通の割引を、原告亀田は同月一九日右光藤より右目録記載678の約束手形三通の割引を、それぞれ懇請されたので、原告は、右手形振出人ないし裏書人たる東洋光学機械株式会社の経済状態をその取引銀行たる被告銀行東松山支店に照会して、その回答如何によつて諾否を決することとし、右照会方を、原告藤井は株式会社埼玉銀行練馬支店に、原告田所は株式会社三井銀行常盤台支店、原告亀田は滝の川信用金庫中板橋支店に、それぞれ依頼した。

(二) 右埼玉銀行練馬支店職員今井嘉三、右三井銀行常盤台支店職員加畑武夫、右信用金庫中板橋支店職員進藤亘はいずれも右依頼の趣旨にしたがつて、被告銀行東松山支店に電話照会したところ、同支店長代理大沢博から「東洋光学は当座貸出あり、懸念なし。資本金一〇〇万円、日商一〇〇万より一二〇万円あり。」との回答を得たので、右回答を原告らに報告した。そこで原告らは、右回答を信じ、それぞれ前記約束手形を割り引いたが、原告田所はさらにすでに受領して三井銀行常盤台支店に取立を委任していた右目録記載の小切手一通も決済になるものと信じていた。

(三) ところが、原告藤井、同亀田は、前記約束手形をそれぞれ支払期日に支払場所に呈示したが支払を拒絶され、原告田所は前記2、5の約束手形と右小切手をそれぞれ支払期日に支払場所に呈示したが支払を拒絶され、なお前記34の約束手形は支払期日に支払場所に呈示しても支払を拒絶されることは明らかなので呈示しなかつた。

(四) そこで、調査したところ、東洋光学は当時操業を止め、支払不能の状態であつて、その代表者山口一夫は東京都在住の公務員で単に右会社の代表者名義を光藤輝雄に使用させているにすぎないことが判明し、右光藤はその後行方を晦ました。

2  被告銀行東松山支店長代理大沢博は、原告らの東洋光学の信用状態に関する照会に対し、左記のとおり故意または重大なる過失により、事実に反し「懸念なし。」と回答したものである。

(一) 右大沢は、右東松山支店の東洋光学に対する巨額の不良貸付金の回収をはかるため、光藤輝雄と共謀して、東洋光学振出の約束手形または右光藤振出の約束手形に東洋光学の裏書をなさしめたものを濫発し、これが割引に当つて、右東松山支店に対し第三者より東洋光学の信用状態に関する照会がある場合は、信用状態良好の回答をなし、よつて、第三者をして右手形を割り引かせ、得たる手形割引金のうちより東洋光学に対する不良貸付金の回収をしていたものである。

(二) かりに、右共謀の事実および右手形を割り引かせる明瞭な意図がなかつたとしても、大沢は、あえて不実の回答をしたのであるから、原告らが右回答を信じ手形を割り引くことは当然予想しえたところであるから未必の故意がある。

(三) かりに、大沢が事実を誤認して前記回答をしたとしても銀行従業員としてその回答如何によつて他人に対し経済上の得失に影響を及ぼすことを当然予期すべきであるから慎重を期さなければならないところ、大沢は慎重な態度を欠いた点に重大な過失がある。

3  原告藤井の蒙つた損害金一五万円、田所の蒙つた損害金一、六七万三、四〇〇円および同亀田の蒙つた損害金三五万円は、被告銀行東松山支店長代理大沢博が、原告らの前記信用状態に関する照会方依頼に対し、故意または重大な過失に基き事実に反し「懸念なし。」と回答したことによるものであるから、右大沢の使用者たる被告銀行は、原告らに対し右各損害金およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三七年九月七日より完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二、答弁

1  請求原因1の(一)の事実は不知。

同1の(二)の事実のうち原告ら主張のごとき電話照会があつたことおよび被告銀行東松山支店長代理大沢博がこれに回答したことは認めるが、その回答の内容は否認する、その余の事実は不知。大沢博は、右各照会に対しいずれも「東洋光学は、昭和三六年初めに相当の受取手形を不渡とされたため危険状態にあつたが、その後立直りつつある。しかし、現状は苦しい。機械購入代金割賦支払手形以外は額面一〇万円以上の手形は振出さないはずだ。額面の小さいものならば落している実績もある。これ以上のことは貴方で判断せられたい。」と回答したにすぎない。そもそも、信用照会に対して回答した銀行はその回答の結果について法律上の責任を追求されないものとして回答しているのが日本全国の銀行の慣習であり、また、一般に銀行は銀行以外私人から自己と当座取引のある顧客が振出した手形小切手等の支払力について照会を受けてもこれに応じない慣習がある。本件の場合において原告らがその取引銀行等を通じて得た被告銀行東松山支店の回答を原告らが東洋光学についての信用判断の資料として採用した場合も、その採否および割引等の実際行動に出るか否かは全く原告ら自身の自由であるから、その責任と危険とは原告ら自身が負うべきであつて、被告銀行が責任を追求される筋合ではない。さらに付言すれば、原告らとしては東洋光学の信用調査は東洋光学との直接取引により、あるいは同業者のうわさにより、あるいは興信所の調査によりなす方法も残されており自己の取引銀行を介して東洋光学の取引銀行たる被告銀行から信用調べの回答を受けることが唯一の方法ではないのであるから、これら種々の方法の採否も原告らの自由である。よつて、その損害はその採否の処置を誤つた原告ら自身の責に帰せられるほかはないのである。以上のように被告銀行は信用調査なるものは当初より責任を追求せられないものとして回答し、またその回答は照会した銀行以外は秘扱いであるものとしてなされているのであるから、民法上の不法行為に関する過失も被告銀行にはないし、また原告らがこの回答によつてかかる手形を割り引くなどとは到底予想できなかつたのであるから右回答と原告らの損害の発生との間には相当因果関係もない。

同1の(三)の事実のうち原告ら主張1ないし478の約束手形および小切手(但し、昭和三七年三月一九日呈示、即日返却)の呈示があつてその支払が拒絶されたことは認めるが、同6の約束手形の呈示があつたことは否認する、その余の事実は不知。

同1の(四)の事実のうち東洋光学機械株式会社の代表者が山口一夫であることは認めるが、右東洋光学が原告主張の状態であつたとの点は否認する、その余の事実は不知。

2  同2の事実のうち被告銀行が東洋光学に対し貸付金等約金二〇〇〇万円の債権を有することは認めるが、右貸付金等は、内金二五一万五、〇〇〇円について中小企業信用保険公庫の信用保険付、内金二七七万円については埼玉県信用保険協会の保証付、内金一七六万円については商業手形の担保付であつて、残額金についても不動産について確実な担保権の設定を得ているからなんら不良貸付ではなくしたがつてその回収のためあえて、原告主張のような手段を弄する必要はなかつた。その余の事実は否認する。

3  同3の事実のうち、被告銀行が大沢博の使用者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

第三、立証 ≪省略≫

理由

一、請求原因1の(二)の事実のうち被告銀行東松山支店に原告ら主張のごとき電話照会があつたことおよび右支店長代理大沢博がこれに回答したこと、同1の(三)の事実のうち別紙目録記載1ないし4789の約束手形および同目録記載の小切手が支払期日(小切手については争いがある)に支払場所に呈示されたが支払拒絶となつたこと、同1の(四)の事実のうち東洋光学の代表者が山口一夫であること、同3の事実のうち被告銀行が右大沢の使用者であることはいずれも当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、請求原因1の(一)の事実および原告らは、その内容についてはともかくとして、右回答を得て別紙目録記載1ないし8の約束手形を割り引いた事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二、まず、右回答の内容については争いがあるので判断すると、≪証拠省略≫を総合すれば、原告藤井が別紙目録記載1の約束手形につき埼玉銀行練馬支店に対し、原告田所が同目録記載2の約束手形につき三井銀行常盤台支店に対し、原告亀田が同目録記載6の約束手形につき滝の川信用金庫中板橋支店に対しそれぞれ東洋光学の支払力の照会方を依頼し、埼玉銀行練馬支店職員今井嘉三、三井銀行常盤台支店職員加畑武夫、滝の川信用金庫中板橋支店職員進藤亘がそれぞれ被告銀行東松山支店に対し電話照会したところ右支店長代理大沢博はほぼ、被告主張(答弁2記載)のとおり回答し、今井嘉三に対しては、なお東洋光学の資本金、月商等をも付け加えたこと、そこで、右回答により、それぞれ前記各約束手形につき、今井嘉三は、東洋光学の支払力を「懸念なし」と判断し、右資本金月商等の回答をも付け加えてメモ(甲第六号証)を作成し、原告藤井にこれを手交し、加畑武夫、進藤亘は、東洋光学の支払力を「差当り懸念なからん」と判断し、この旨を、原告田所、同亀田へ口頭で伝えたことが認められ、右認定に反する原告ら三名の各本人尋問の結果はいずれも措信しがたく、他に右認定に反する証拠はない。そして、≪証拠省略≫を総合すれば、原告らが前記各約束手形につき東洋光学の支払力を自ら直接照会せずに、原告らの取引銀行信用金庫を介し、被告銀行東松山支店に照会したのは、一般に、銀行が銀行以外の私人から自己と当座預金取引のある顧客の振り出した期限未到来の手形小切手等につき支払力の照会を受けてもこれに応じないのが通常であるが、銀行間では、かかる照会に対し支払力の見込等を回答することになつていたことを知り、取引銀行、信用金庫に対し照会方を依頼したものであるが、このような銀行間の照会および回答は、回答銀行がその回答の結果について法律上の責任を追及されないとの諒解のもとになされているのが事実上の慣例であつて、被告銀行東松山支店の回答もこの慣例にしたがつてされたものであることが認められ、反対の証拠は何もない。以上認定した事実によれば、被告銀行東松山支店長代理大沢博の回答の内容が原告主張(請求原因1の(二)記載)のとおりであるとは到底認められないし、また、かりに、右回答に何らかの過誤があつたとしても、原告らの照会の方法が前示のとおり、被告銀行が回答の結果について法律上の責任を追及されないとの諒解のもとになされている銀行間の慣例に依存したものであるから、被告銀行に対し損害の賠償を請求できないものと解すべきである。もつとも、右大沢の回答が、原告ら主張の貸付金回収の意図のもとになされたというのであれば格別であるが、この点に関し、原告ら主張の事実を肯認するに足る証拠はない。原告らの請求は、この余の点について判断するまでもなくいずれも失当というべきである。

三、以上のとおり、原告らの本訴請求はいずれも理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋秀雄)

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